沙弥の繰り言(227)

 「自由競争か平等主義か」「考え続ける大切さ学ぶ」という表題の記事が、平成28年6月7日の産経新聞に載っていました。
 これは「東京都立武蔵高校(東京都武蔵野市)で行われた授業の様子を紹介したものです。
 「担当の教諭は、架空の『A党』『B党』がそれぞれ主張していることをプロジェクターなどを使って説明し、その上で、生徒は他人の考えに影響されないよう目を閉じ、どちらを選択したのか挙手で意思表示し、支持した政党ごとに分かれ、向かい合って議論した」という内容でした。

 この記事を読んだ時、「いずれ、こういうことを、いろいろなところで行う必要があるだろう」と思ったのを覚えています。

 先日、テレビの番組で池上彰さんが徴兵制についての話しをされてました。
 そして、池上さんが「男女同権ですから、女性も同じ扱いです」と話しをすすめると、数人いたゲストの中の一人が突然「そんなのいやです」と血相を変えさかんに訴えました。

 「女性も」と言ったことに対してなのか、「徴兵制」についての意思表示だったのか分かりませんでしたが、「中年の女性が持っている国防に対する考えは、こうなのかな」と感じた印象的なシーンでした。

 「何となく」と言っては不謹慎かもしれませんが、私たちは、結果的に「自由競争の方を選んできている」と言って良いと思います。
 で、このかたちを維持するため、厳しい判断や実行が絶えず求められますが、たとえば、緊張する国際環境の中での日本の安全保障を取り上げその実力を推察してみるとどうでしょう。
 詳しいことまでは分かりませんが、争いを回避するための抑止力も十分ではないと言えるのではないでしょうか。
 不足するところは同じ考えを持つ「同盟国に頼っている」というのが、私たちの国の現状だと思います。

 ところで、たとえば、オスプレイが日本の上空を飛ぶと「反対」と拳を振りあげる人たちがいて、当たり前のように都度その現象だけが時間を割いて各局から報道されます。
 でも、そのオスプレイが日本の防衛のための、もちろん米国としての戦略的な思惑もあるでしょうが、訓練で行動しているならどうでしょう。
 「オスプレイは危ない」とよく聞きますが、それを操縦しているのは同盟国の若者たちだと思いますが。

 自衛隊機を含む軍用機から部品などが落下したことで、「飛行を中止せよ」などと叫ぶのもいかがなものでしょう。
 事故を少しでも減らすよう努力してもらうのはもちろんですし、手厚い補償も用意しなければなどと思いますが、私たちはどう振る舞えば良いのでしょう。
 取り上げたこの例も、複雑で悩ましい課題です。

 こんな時は、先の高校で行っていた「自分の想いで行動する」が、ヒントを与えてくれるような気がします。
 余計なことを付け加えれば、「飛行中止」という声が多くなればなるほど、日本の選択に反対する考えを持つ人たちにとっては、ありがたい応援になるでしょう。

 いや、こんな話しは「釈迦に説法」だったかもしれません。

 相変わらず未熟な僧の戯言です。 
 


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