上書き

 先日、NHKの「DJ日本史」というラジオ番組(若い人向けだと思う)が、「三方良し」を取り上げていた。 
 「三方良し」と言うのは、ご存知の方も多いと思うが、近江商人が各地に出向き商売をする時の哲学とも言えるもので、商いは「売る側」も「買う側」も、そして「世間」も喜ぶものでなければならないという考えである。
 拙著「近江商人とコンピュータ」で、関連することをいくつか紹介していたこともあり、ラジオから「すごい」というような声が出てきた時は頼もしく感じた。

 私がこの「三方良し」を知ったのは社会人になってからで、それもずいぶん後からだったと思う。
 大学で毎年IT関連の授業をしていた時、何度かこの「三方良し」を話題にしたことがあるが、知っている学生はいなかったと記憶しているので、いまでも学校では教えていないのだろう。
 一度、「売る側と買う側と、それにもう一つの良しというのは何だと思う」と問いかけたところ、女子学生がしばらく考えた後、「世の中」と答えた時はうれしかった。

 このような、世界に自慢できるものが他にもいくつかあるが、それらがあまり知らされていないのは、WGIP(ウオー・ギルド・インフォーメーション・プログラム。ネットで調べることができる)の影響がまだあるからだと思う。
 70数年前日本は無条件降伏し、ご存知の通り、GHQ(連合軍総司令部)が占領政策を推進する時代がしばらく続いた。
 それは、日本を強くしないためのコントロールと、戦勝国の正当性を植えつけるキャンペーンだったと言える。
 これは昭和26年のサンフランシスコ平和条約締結の翌年発効し解除されたが、その後もこれが残っていたと言えそうなのである。

 具体的な例として教育という場面を振り返ってみると、戦前に行われていたことの多くは軍国主義につながるということで、いまでも行わない事例を掲げることができる。
 やっと「道徳」を教える段階にきたが、国歌を歌わない、国旗掲揚も反対するという指導者がいるのはこの名残だと思う。
 スポーツ選手が国際試合に出場する機会が多くなり、そこで国歌を唄うシーンがありアップで選手が映し出されることがあるが、中には全く歌えない、それとも歌わないのか、日本の選手がいる。
 こういう姿を見ると、「かわいそうだな」とつくづく思う。

 ここで以前、「娘さんが『学校での歴史の時間は面白くない』というのを聞いて父親がそのわけを聞いたら、『日本の軍隊があちこちで悪いことをしてきた』というような話ばかりなので」ということを聞き、びっくりしたという新聞記事を紹介したことがあったが、これなども典型的な例である。 

 先回ここで「国防」を取り上げ、そこで「いままで私たちは、国を守るという意義を習ったことがありません」と書いた。
 少し前(NO220)には、核シェルターの記事を紹介したが、このようなことを検討するどころか、話をすることすらおかしいのが日本の現状ではないだろうか。 
 「国防」などタブーなのである。
 
 しかし、「三方良し」の話しに反応したように、日本人ならどこかにそのDNAが残っていると思う。

 ねちねちと話してきたが、一言で言えば「私たちは強制的に上書きされていたのです。もう書き直しても良いでしょう」というこになりそうだ。

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