説諭

 直感で「良い」とか「悪い」とか、「問題がある」とか「ない」ということを判断できる人はたくさんいる。
 しかし、「その理由を相手が納得できるように説明できる人」となると少ないと思う。 
 何を身につけておけばそれができるのだろう。

 学問と言われるものが、それかもしれない。
 その学問を身につけるには学校という所があるが、必ずしも学校に行かなくても取得することができる。
 もしかしたら、独学のほうがいい場合もあるようだ。

 独学で学問を身につけた偉人の一人に、石田梅岩という人がいる。
 初めて名前を聞く方が多いかも知れないが、興味のある方はウェブなどで調べると新しい発見があるかもしれない。
 
 その著「都鄙問答」(「とひもんどう」石田梅岩著、足立栗園校訂。岩波文庫)の解題によると、「独学の彼はたれからも特定の学統を継承したことはなく、師説の伝授を受けたこともないかわりに、かれは当時世上に行なわれていた和漢竺三国の典籍を力に応じて読み、神儒仏の思想に自由に出入りして『一モ捨テズ 一二泥マズ』その心に適うところを採ってもってわが道とした」とある。
 無理やり学ぶのではなく、自ら知りたいと思うことを、さまざまな分野から、特定の事柄に偏ることなくかぶれることもなく吸収したということでよいだろうか。
 
 この成果が「都鄙問答」に顕れている。
 45歳のとき京都で「庶民のための生活哲学」の講義を開始するが、これが評判になり多くの受講者が集まるようになる。
 これに反感を持ったのか、今風に言うと有名な大学を出たエリートが「字が間違っている」「使い方がおかしい」などと指摘すると、梅岩は「私は貧しく学校に行けなかったので満足に文字を習っていない。間違うことがあるのは知っている。その点はお許しいただきたい」と詫びた後、「文字を知らなくても孝行はできるし、友との交わりもできる。聖人の学問というのは行いを本とし文学は枝葉なことである」と応じていく。

 このようなやり取りの中で、「孔子はこう言っている」「孟子は」というように聖人の言葉を引用し説得に役立たせている。
 全体の意味とは無関係にその部分の意味だけで使うことを「断章取義」と言うらしいが、梅岩はこの方法をフルに活用したと言える。

 時代は18世紀後半、「武士本位の封建経済と新しい町人の力に俟つ商品経済との矛盾が始まって大きく露呈した時代であった」(同上)ので、商人に対し「商品を右から左に動かすだけで、利益を得るのはけしからん」という空気があった。

 詳しくは読むことをおすすめするが、少し引用させていただくと、「利益を得るのは当然である」という梅岩の答えに、「それでは、元値はこれこれ、利益はこれほどと明示すべきだ」と迫る。
「相場というのがある。これは天のなすことで商人がどうすることもできない。これを偽りというなら売買はできない。そうなれば買いたくても買えない人が出てくるし、売ることもできないので商売換えをしなければならない商人も出てくる。そんなことになったら大変だ。商人の利益は天下御免の禄である。なぜそんなに商人を憎むのだ」と説諭する。

 このような業績のある人なので、拙著「近江商人とコンピュータ」で主人公に大きな影響を与える人として、ちょっぴり登場していただいている。 

 亡くなったのは60歳。
 梅岩の教えは全国に普及し、石門心学の祖と言われている。
 松下幸之助が生涯にわたって学び、尊敬したということだ。

  

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