波長

 このブログを何回か見ていただいている方には、度々(○月○日。産経新聞)と添え書きしているので、私が何新聞を主に購読しているか多分お分かりだと思う。

 なぜ選んでいるのかははっきりしないが、あえて捜すと、一つは司馬遼太郎さんが記者をしていた新聞社だったということと、長い間出張が多かったが駅の売店で100円玉一つで買え、便利だったということが掲げられそうだ。

 産経の論調が他紙と違うと感じたのはそんなに遅くなってからではないが、最初から波長が合う感じがしたのは確かである。

 反対にその動機をはっきり覚えている新聞がある。
 書いていてもあまり楽しくない話しだが、右も左も知らない年頃の私が、どういうことでだったのか忘れたが、分からない事があったので結局某新聞社に電話をしたことがある。

 女性の交換手が電話を取り次いでくれた時は、もうどきどきで頭が真っ白だったと思うが、出てきた男の人に用件を言ったら、お忙しかったのだろう、「そんなこと自分で調べろ」というようなことを言われ、教えてもらえなかった。
 こんなことがあったので苦手意識が働くのか、その後、この新聞にお世話になった覚えがほとんどない。
 
 少し横道にそれたが、他紙が「報道しない自由」を行使していることがあるようなので、産経新聞を読んで得をした気になることがある。

 直近の例では、「今月14日、日韓議員連盟と韓日議員連盟との合同総会がソウルであった」「今回ばかりは韓国に対して毅然とした態度を示すことができるのか、私は注目していた。だが予想通り=A期待は一蹴された」「議員連盟の行動に非難の言論を展開したのは産経1紙だけだった」(2018年12月30日。産経新聞)というのがある。
 
 また、1年半ほど前に(No218)で取り上げたことだが、「加計学園」の獣医学部新設計画をめぐる閉会中審査の朝刊各紙の報道に対し、産経新聞は「加戸氏発言 報じぬ朝毎」(2017年7月12日)とし、「加戸前愛媛県知事の発言をどれだけ取り上げたか」(同上)をまとめた表を掲げ、産経が一般記事50行・詳細53行であるのに対し、朝日は一般記事0行・詳細20行、毎日も朝日にほぼ同じ、で、「これでは地元の獣医学部誘致を文科省などが阻止してきたことが読者には分からない」(同上)と指摘している。

 ご存知のことだが、このように新聞には各々「色」というか、新聞ごとの基調がある。
 ということは、大なり小なり読者はその新聞から影響を受けることになる。
 言い方を変えれば、洗脳されることになる。
 もちろん、私も例外ではないと自覚している。
 これはTVなどでも言えることだ。

 もっとも最近は、特に若い人たちは、新聞やTVからニュースを得るということを敬遠しているようで、むしろWeb上に流れているニュース番組やブログにその関心が移っているようだ。

 どこからニュースを得るのかは全く自由で、あれこれ言うことではないが、できれば少しでも役に立ちそうな内容のものを提供してくれるところに、波長を合わせると良いような気がする。

 次の世代のために。


ホームに戻る

前のページに戻る

「信長とコンピュータ」へ

「近江商人とコンピュータ」へ

「日本の文化とコンピュータ」へ

「IT化でお客様を殖やす」へ